院長の著書

■口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療 Page2■

[ 3 ]口唇裂・口蓋裂患者における矯正治療の実際

1)治療開始時期の決定
口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療開始時期に関しては多くの議論がなされてきたが、治療開始決定の要因として、最近では1:治療期間を短縮し、最適時期に最大の効果をあげる、2:患者や患者家族の社会的活動制限をできる限り少なくする、 3:言語、心理、審美、歯の問題など治療優先順位を考慮することなどがあげられている。

早期治療の有効性と必要性は、1950〜60年代に Pruzansky、Subtelny、Johnston、Fishman、Coccaro、Olinらによって提唱された。乳歯列期に歯列と歯槽弓を配列し拡大する利点としては、 1:歯槽弓の変形が少なく、縫合の反応が良好なため、急速な拡大が得られる、2:拡大後の上顎骨と歯槽突起の成長を助ける、3:上顎の拡大と対称化によって下顎の変位と cross bite が改善され上下顎成長の均衡化が得られる、4:永久歯の良好な配列を期待できる、5:正常な舌位置や鼻呼吸が早期に獲得され、言語、咀嚼、嚥下などの諸機能を正常化させる、6:中顔面の陥凹傾向を改善し心理障害を防止する、7:将来の矯正治療を減少させること、などがあげられている。

一方、早期治療の有効性や必要性を疑問視する見解が、1960年代後半に Bergland ら、Ross ら、Cooperら、Rantaなどによって提出された。早期治療の欠点あるいは意義を否定する理由は、1:乳歯列期の拡大が必ずしもその後の上顎骨と歯槽骨の成長を正常化するとは限らない、2:永久歯の萌出は口唇緊張や口蓋瘢痕によって異常な経路をとる、3:乳歯列期の歯槽弓は比較的安定し増悪傾向が少ない、4:拡大の効果は乳歯列期以後の年齢でも大きな差異を示さない、5:連続管理 continuous monitoring の治療では患者と家族に労力、時間、経済的負担などをかけ、患者の協力が得られなくなる、6:各専門分野の過剰治療の負荷を与える、などである。

以上のごとき早期治療の問題点から、最近では早期治療を常に用いるよりも、適応症例を限定する方向へと変わってきた。また初期の早期治療の推奨者でも、その見解は漸次変化してきている。Adussらは乳歯列期治療は要求解決に限るべきで、患者の発達閾値 developmental threshold を考えて、混合歯列期に複合処置を同時に行い、過剰治療を避けるべきである。Olinは乳歯列期、混合歯列期、永久歯列期の3段階治療を行っているが、最近では乳歯列期治療が減少しており、これは外科手術の改善で術後変形が軽減したためである。さらに Subtelnyは早期治療が必ずしもその後の治療の必要性を減少させないと述べている。

中後らおよび一色は早期治療を勧める見解を発表し、福原・柴崎・大塚ら、黒田ら、作田、本橋らは早期治療をroutineに用いず、症例の必要性に応じて早期治療を行うとの見解を報告している。早期治療の効果判定は、乳歯列期から混合歯列前期(または混合歯列期全体)の治療結果を評価することで可能である。上顎の前方または側方拡大、chin cap などで治療を行った Ross らは、片側口唇顎口蓋裂では歯と下顎骨が変化し、上顎骨の成長促進効果はなかったが、両側口唇顎口蓋裂では上顎骨(顎間骨と側方歯槽部とも)が前方成長し、歯性の改善を伴っていた。したがって片側口唇裂口蓋裂では大部分の例で効果を認めなかった。

また作田、北村は片側口唇顎口蓋裂患者において、非矯正治療群よりも矯正治療群で大きな上顎骨の前下方成長を示したが、非破裂群より小さかった。本橋らは非矯正群より矯正群において上顎骨の前方劣成長が強かった。また糖塚らは前歯被蓋改善後の上顎骨の前下方成長は非破裂者よりも少なかったと報告している。

また作田、北村は片側口唇顎口蓋裂患者において、非矯正治療群よりも矯正治療群で大きな上顎骨の前下方成長を示したが、非破裂群より小さかった。本橋らは非矯正群より矯正群において上顎骨の前方劣成長が強かった。また糖塚らは前歯被蓋改善後の上顎骨の前下方成長は非破裂者よりも少なかったと報告している。

すなわち、治療開始時期の決定に際しては、1:各症例の歯顎顔面異常の程度を把握し、それら異常の高度な症例では早期に治療を開始する、2:社会復帰のため、全体の治療計画を考慮し治療期間を短縮する、3:上顎骨の成長能力の低下を補う処置が必要となる、4:両側裂の早期拡大は上顎成長を助ける、ことなどを考慮すべきである。

2)矯正治療の難易度
口唇裂・口蓋裂患者における顎顔面異常および不正咬合は、軽度から高度まで各症例によって大きな差があるため、不正の程度を分類して、治療難易度の鑑別や治療結果の評価が行われている。

顎顔面異常ないし不正咬合は、上顎歯槽弓の変形度、cross bite の部位および cross bite 量のスコアづけなどで分類されており、歯槽弓の collapse は cross bite 発現と密接に関連する。

ヨーロッパの6つの口蓋裂センターは、片側口唇顎口蓋裂の早期永久歯列期患者の治療評価を行っている。これには頭蓋顔面形態と軟組織側貌、歯列関係および鼻口唇部外貌などが含まれている。なかでも歯列関係において、模型の咬合状態を矯正治療の困難さによる基準 Goslon Yardstickで5つの群、すなわち治療不要または簡単(group1・2)、複雑(group3)、矯正限界(group4)、顎矯正手術(group5)に分類している。そして矯正治療難症例は、3級関係、overjet(-)で歯牙歯槽性の補償があるもの、浅い overbite や開咬、破裂側の犬歯の反対咬合などとしている。

福原は難易度鑑別のガイドをあげ、破裂が著しく外科手術の侵襲や瘢痕の著しいもの、上顎劣成長に伴う下顎前突が著しくかつ開咬を伴うもの、歯の数や形の異常、高年者などを治療難症例としている(表VXII-1)。滝澤は片側口唇顎口蓋裂で、AYB と bite index を用いて線型判別関数による難易度鑑別法を発表している。これは下顎前突で開咬を伴うものほど難症例になることを定義づけたもので、患者の増齢に伴い難症例が増加すると述べている。

(表VXII-1)

  易しい 難しい
破裂のタイプ ロ唇裂、ロ蓋裂の軽度のもの ロ唇顎口蓋裂(両側性,片側性)
顔貌   非対称性で下顎前突
鼻下部 長い 短い
ロ腔前庭 広い せまい
口唇 ロが大きく開けられる ロがせまい.上唇はうすく、緊張
  上唇は厚く、緊張少なく、下唇の 強い.
  突出も少ない. 下唇が突き出ている.
歯牙年齢 IIIA-IVA lVA以降
Cephalo分析 ANB+ ANB一
  U1舌側傾斜 U1唇側傾斜
  L1唇側傾斜 L1舌側傾斜
正中線   不一致
索状瘢痕   あり
ロ蓋 高い 浅い
-瘢痕 小さい 大きい
-の手術回数 少ない 多い.何度も手術している.
-の残孔 大きい ない
overjet ± 著しい
overbite 深い 浅い.開咬
  低く,広い舌
側方歯群の歯軸   舌側に傾斜
crossbite anterior cross biteのみ lateral cross biteを伴う
歯の数,形,大きさ   先欠歯多く,形も悪い
上顎歯列弓 前後径が長い 前後径が短い
speech-aid 不要のもの 必要のもの
caries   多い.要抜去の第1大臼歯あり
ロ腔衛生   悪い
協力度   悪い

顎の増齢変化として、皆葉は口蓋裂を有するもののSNA、ANB は漸次減少し、中顔面の陥凹が現れる。また Rossは片側口唇顎口蓋裂のANBは(+)から(-)へと減少し、27%が顎矯正手術を要すると述べている。 Semb らは、SNA は非破裂者では年齢の増加に伴ってわずかに増加するが、片側口唇顎口蓋裂では著明に減少すると記している。
すなわち、矯正治療難易度鑑別では顎顔面硬軟組織の三次元的不正の程度の把握と推移の予測が必要である。

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