院長の著書

院長が分担執筆した著書の矯正歯科関連書籍のご紹介

「顎変形症の外科的矯正」  三樹企画出版 1994
・山本義茂、高橋庄二郎 監修
鈴木敏正、山口秀晴、瀬端正之、内山健志、斉藤力、鶴木隆、重松和寛、分担執筆:

「口唇裂・口蓋裂の基礎と臨床」 日本歯科評論社 1996
・高橋庄二郎著

口唇裂・口蓋裂の基礎と臨床

(高橋庄二郎著 日本歯科評論社)  第17章(当院院長が分担執筆)より抜粋

ここからは”口唇裂・口蓋裂の基礎と臨床”という専門書の抜粋です。患者様には少々難しい内容かも知れませんが興味のある方はご参考になさってください。
すずき矯正歯科 院長 鈴木敏正

■口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療 Page1■

口唇裂・口蓋裂患者は、1:顎顔面の形態異常および成長発育障害、2:哺乳障害、3:言語障害、4:不正咬合、5:耳鼻科的疾患および聴力障害、6:精神心理的障害など多くの障害をもつ。したがって、口唇裂・口蓋裂患者に一般人と変わりない社会生活を営ませるには、多くの分野の専門医が緊密な連絡のもとに治療を行うチームアプローチないしmultidisciplinary managementが必要である。なかでも矯正治療は出生直後から成人期にわたることから、口唇裂・口蓋裂患者のチームアプローチにおける役割はきわめて大きい。

口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療は、治療時期によって、1:新生児期および乳児期の矯正、2:乳歯列期の矯正、3:混合歯列期の矯正、4:永久歯列期の矯正に分けられる。口唇顎口蓋裂患者に対しては、主として口唇裂手術の成績を高めるため、出生後間もない時期から術前顎矯正が行われ、口唇裂手術後には歯槽弓の狭窄を防ぐため、口蓋床が装着される。

[ 1 ]口唇裂・口蓋裂患者における矯正治療の特徴

(1) 咬合不正のバリエーションが多い
口唇裂・口蓋裂手術は口唇の緊張や口蓋の瘢痕形成によって、上顎の成長発育抑制や alveolar collapse をきたすばかりでなく、異常な舌位置や舌運動パタンが顎の成長発育に影響をおよぼす。また、上顎における破裂の存在は頭蓋底や下顎の形態形成に関連し、さらに不正咬合の表現型に患者固有の顎顔面型が複合している。したがって、裂型の部位や程度によって、また手術術式によって、不正咬合は軽度から高度(咬合異常)へと幅広く変化しており、個々の症例で著しい差がある。このようなことから、それぞれの症例に応じて適当な時期に適当な治療を行わなければならない。近年、手術法の進歩によって顎矯正手術を適応すべき症例が著しく減少したと言われているが、いまだ非破裂者の場合よりもその頻度は高い。

(2)一般矯正治療に比べ複雑な処置を要する
口唇裂・口蓋裂患者における矯正治療の主体は上顎側方拡大、個々の歯の alignment、上下顎関係の改善などである。口唇裂を有する患者では歯の数や形、大きさなどの異常を伴うことが多く、口唇や口蓋の瘢痕は歯の萌出異常をきたし、ほとんど常に歯の配列不正を伴う。しかも顎裂部の骨欠損は歯の移動を著しく制限する。また矯正的な歯や顎骨の移動時には異常な組織改造が起こり、さらに顎骨周囲における瘢痕組織の存在によって治療後にあと戻りをきたしやすく、保定に関して特別の配慮を必要とする。

(3)チームアプローチを必要とする
矯正治療中に口唇裂・口蓋裂の一次および二次手術、言語治療やそれに関連する処置(スピーチエイド、咽頭弁移植術)、顎裂部骨移植などの行われることが多い。また上下顎の不均衡が著しく、矯正治療のみで十分な改善の得られない場合には顎矯正手術が実施される。さらに思春期以後の矯正では、皮質骨切り術を利用する歯の移動や Le Fort I 型骨切りを利用する急速上顎拡大が行われる。矯正治療終了後には保定を兼ねた補綴が必要になることが多い。したがって、口唇裂・口蓋裂の矯正治療は、外科医、言語治療士、補綴科医などと緊密な連携を要する。

[ 1 ]口唇裂・口蓋裂患者における矯正治療の特徴

口唇裂・口蓋裂患者における矯正治療の目的として、Olinは、1:機能的咬合の再建、2:正常な対人関係を得るための能力付与、3:良好な顔貌形態の回復をあげている。

またRantaは、1:顎、歯および周囲組織の解剖的、機能的成長障害の予防、2:上顎の側方拡大および前方牽引、先天欠如歯の補綴、顎裂部骨移植、歯の配列修正などによる顎発育障害の改善、3:調和の取れた咬合と側貌の永久的安定化などをあげている。 上記のごとき目的を達成するための治療体系設定には以下のようなことが問題となる。

1)治療開始時期
口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療を乳歯列期から始めるべきかどうかについては多くの論争がある。このような4歳ごろからの早期治療の利点として、1:拡大に対する抵抗が小さくすみやかに拡大できる、2:上顎骨歯槽突起の発育不全を防ぐことができる、3:永久歯の配列をよくする、4:正常な舌位置、鼻呼吸、発音機能が早期に得られるなどがあげられている。しかし、乳歯列期の状態は必ずしも永久歯の正常な萌出を保証するものではない。また、早期治療では治療期間が著しく延長して患者の治療に対する協力が得られにくくなる傾向がある。さらに、7〜8歳ごろからの混合歯列期前期でも上顎側方拡大が十分に得られることから、近年では著明の alveolar collapse を示す症例を除いて永久歯萌出以後に矯正治療を開始する意見が大勢を占めている。

2)矯正治療の可能性
口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療には処理可能な範囲とその限界がある。上顎の側方拡大および前方牽引の効果と限界を認識し、顎矯正手術の適応の有無をできる限り早期に決定することが必要である。上顎側方拡大により顎骨基底を含む移動が可能であるが、拡大後の永久保定を補綴処置に求めるか、顎裂部骨移植に求めるかについては多くの意見がある。しかし、近年では後者を推奨するものが多い。

また、上顎前方牽引による歯や顎骨基底の移動効果は認められているが、口唇裂・口蓋裂患者における本治療法の効果は非破裂者のそれよりも限定されるという報告がある。しかし、上顎前方牽引治療は顎矯正手術の適応例を減少させるものと考えられる。また仮性下顎前突と真性下顎前突の早期鑑別は困難であるが、矯正治療単独か、外科手術かの治療方針は出来る限り早く決定されるべきである。

3)治療方針の返遷
従来、顎裂部骨欠損部に対しては補綴処置が必須とされ、上顎の前方移動が不十分なまま頤帽 chin cap を利用する下顎後退による被蓋改善の報告が多かった。しかし最近では、上顎側方拡大後の顎裂部への骨移植、移植骨部への歯の萌出誘導や矯正的移動、積極的な上顎前方移動などの治療方針がとられるようになった。このようなことから、顎裂部に対する補綴処置の必要性が著しく減少している。

柴崎は早期治療の回顧において、1950〜60年代の早期治療は漸次衰退し、1970年代には術前顎矯正が大勢において否定されるにいたった。1980年代の初頭には上顎前方牽引が適用され始め、同年代中〜後期に外科手術法の術後成績の相互評価が行われ始めたと述べられている。

Bergland らは口唇裂・口蓋裂患者における歯列修復の歴史的回顧において、以下のごとき3改革があったとしている。

  1. the prosthodontic era : 19世紀後半から1940年代中期まで、口蓋裂手術後の顎発育障害を補綴治療で修復した。
  2. orthodontic / prosthodontic era : 1940年代後期から1960年代まで、頭部X線規格写真の導入によって口蓋裂手術の顎発育におよぼす影響が認識され、手術法の改善が行われ、歯列は矯正的移動後に補綴治療で修復された。
  3. the nonprosthodontic challenge : 1970年代以降、術前顎矯正およびこれに併用される一次顎裂部骨移植が必ずしも良好な結果を示さず、このような方法は大勢において否定れた。一方、二次顎裂部骨移植骨内に歯を移動して補綴治療を行わない方法がとられるようになり、過去における補償的治療からより自然な咬合と顎態の獲得へと、治療法の概念が変化してきている。

わが国における口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療は、近年めざましい発展をとげているが、このようなことは各種制度の整備とも密接に関連している。すなわち、1:口唇裂・口蓋裂患者における矯正治療の健康保険導入(昭和57年)、2:矯正専門医の健康保険指定医(育成・厚生医療)の増加、3:日本矯正歯科学会認定医制度の施行(平成元年)、4:専門医療体制(診療班、チームアプローチなど)の強化などである。いずれにせよ社会政策による援助、専門医療の供給体制、高度な医療の提供などが整備されつつあるのは、口唇裂・口蓋裂患者にとって大きな福音である。しかし、わが国では欧米のような専門医療機関 cleft palate center の発足がほとんどみられないことは残念である。

要するに、口唇裂・口蓋裂患者の矯正治療は、本症患者の生涯を通じての社会復帰に寄与することであり、具体的には正常言語、審美的顔面、口腔の正常な形態と機能などの獲得を目標とする。矯正治療に際し、これらの目標を十分に認識して対応すべきものと考える。

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